kokokaramakuruの日記

野球 金魚 競輪少々 思いついたことをビビりながら書くブログ

新たな価値観?


高校野球の地方予選もいよいよ大詰めになっておりますが・・・


まぁ、ほとんどのチームはどっかしらで負けるわけですから、
このくらいの時期になりますとあちこちから「負けました」報告が入ってきます(笑)

ワタシ自身のほうは、ちょっと高校野球を一休みしているものですから
あんまり状況が分かっていないのでありますが・・・

なにやら、
岩手の有名投手を決勝で投げさせなかったという
ニュースが盛り上がっておりますが・・・


「お~すごいことをやる監督さんがいるものだな~ 時代も変わってきたな~」

なんて思いながら

「自分ならどうしただろうか?」なんて想像してみたり、


あの立場、この立場、
狭く見てみたり、引いてみてみたり、
ネットのコメントなんぞで「ほ~なるほど~」なんて思ってみたり・・・

数年前のワタシならこういう風に考えたんじゃなかろうか、
なんて自分の変化を感じてみたりするのもまた一興で・・・

まぁ、実際にはやっぱり壊れかけてるんじゃないですか、
あれだけの手足の長さでスピードを出せるといったらそりゃ負担もね~


なにやらネットのニュースによれば、
球場で「甲子園に行きたくないのか~!」とヤジが飛んだだの、
学校に抗議の電話がくるだの・・・

いや~、面白い。

気持ちはわからなくもないけど、
お金払って支援しているわけでもないのにね~(笑)


ただ、この一件でこの投手に対する決断の正解かどうかはおいておいて、

日本における高校野球の甲子園がいかに異常というか、
だから成り立っているというか・・・

なぜ盛り上がるか?客は高校野球になにを求めていたのか?

なんてのを考えるきっかけになるのではないかなと・・・

よく高校野球を賛美する意見として

高校野球は負けたら最後なので必死でやるのがプロと違って気持ちいい」

というものがありますよね。

「最後の夏」だの「引退」だのと・・・

つまり、最後だからこその、散り際というか散り様を
ヒューマンドラマとして楽しんでいるというか・・・

明日を考えない捨て身のプレーや行動の美学」

みたいなところですが・・・

さて、今回、
『野球やってる高校生だの監督だのなんて単純で、無条件で甲子園に行きたがっているものだと思っていたら明日(未来)を考える決断をしやがった!』

に対して世間がビックリしているということだと思います。

「えっ!甲子園より重要視するものがある野球ってあんの?」

「計算せずにムリする姿に感動してた」

はずなのに

「甲子園は行けたら行きたいけど命を削ってまではけっこうです」

という価値観に世間がどう対応していいやら・・・ということだと思う。


これは面白い・・・

まぁ、甲子園なんて毎年の一過性のブームみたいなもんで、
例えば去年の優勝投手とか、おととしの優勝チームとかって思い出せます?(笑)


ホントに消耗品ですよ。

それに気づいている人たちが増えてきたんじゃないですかね。

あとは、甲子園で人生を変えよう!
なんて古いハングリー精神もないんじゃないですかね。

ちゃんと勉強もして将来も考えることのできる
アタマのあるのが野球が上手かったりしますし・・・


さぁ、どうなるんでしょ

この感覚の野球が主流になったとき、

果たしてこれまで通りの隆盛になるのか・・・



それにしてもこの監督は怖いぞ(笑)


よく、能力はあるがヤンチャな選手が
「どうせ、最後は俺を使わなきゃ勝てないんだから監督は俺のことを怒ることができない」

舐めているパターンってあります。

なんなら、うちの学生だってそうです。


これは、「監督だって勝ちたいはずだ」が大前提でありますが・・・


この監督さん、
「おう、俺はあの投手だって決勝で出さない決断できるぞ
サボっているやつをムリに出すくらいなら、
出さないで1回戦で負けたって俺はかまわんぞナメンナよ!」


・・・というのを証明したわけで。


このチームが今後、地元の高校生からどんな評価を受けるのか興味深い。

マジメな選手は喜ぶかもしれない。


ネットで叩いているような人は
「俺だったらこんな監督の下はイヤダ!」と思っているかもしれないが

大人の価値観と現在の高校生の価値観は全く違っていますからね。


ノボル先生よ・・・学ぶとこありますね~(笑)



さて、


ちょっと前のネタで、体育授業の裁判例についてのネタを書きました。

心配したワタシの東海大学大学院時代の恩師である松永尚久教授より、
温かい励ましのお手紙をいただきました。
本当にありがとうございます。

この教授は大学の体育授業の主任をされていたので
まさにこの手の問題の矢面に立って責められやすい教員を
守っていた先生でありました。

「学生が怪我をするくらい熱心にカラダを動かしたくなるような内容だったんだから、それは良い授業なんだよ」

と、

怪我人を出して落ち込んでいた先生を励ましてくれるような先生で、

その励まされた先生が、

当時、大学院生だったワタシに

「僕はあの一言で救われたんだよ」と嬉しそうに語ってくれたことがります。


そんな風に人を励ますことができる教員になりたいと
思ってやってはおりますがまだまだです(汗)

ただ、そういう先生に可愛がってもらったという
体験と感動があるということはとても大きいことだなと、つくづく思います。


やっぱり教員って、
自分が受けてきた指導の影響を受けて教員をしますもんね・・・

松永先生ありがとうございました。