帰宅後のルーティーン
毎晩の水替え時の一コマ
ジャンボオランダ獅子頭の当歳魚(まだ7か月)であります。
暑さが落ち着き餌食いが良くなってきました。
デカくできるか!ただいま育成中!
・・・と、金魚の話を枕にもってきたときは、全く違う話題になるのがお決まりでして。
以前から、というより少年時代からずっと疑問に思っていたことを書いてみる。
別に今に始まったことではなく、教員が不祥事を起こすと決まって
「教員は学生からすぐに先生になっているから社会を知らない」
という論調が高まる。
ふと思う。
「社会を知っているってナニ?」
「何を知っていれば社会を知っていることになるのだろうか?」
それを言っている人は社会のなにを知っているのだろうか?
こういう話題で教員を馬鹿にする理屈からいくと、会社員をやっている人が社会を知っているということになるのかな?
ホントか?
ワタシがこの「〇○を知らない」という言い回しにひっかかるのは、野球界ではよくこの言葉が使われるからです。
「あいつは野球を知っている」「お前は野球を知らない」などという言い回しであります。
例えば、ワタシは少年野球から中学校に上がってきたばかりのころ、無我夢中でヒットを打ったはいいが打ったカウントが今でいう3-0(3ボール0ストライク)だったため、監督から「バカ野郎!野球を知っているのか!」と怒られた。
つまり3-0では「振らない」のが野球を知っているということだったようだ。
当時は私もウブだったから「あら、そうなの?知らなかったです」と素直に受け止めて、「そういうもの」だと認識を改めて、そのあと「マトモな野球」を信じてやってきたものでありますが。
なんだか今ではアグレッシブと称してガンガン打っていくのが「知っている」ことなようで、ヤクルトの村上選手なんぞはそれで高校生活をすごし、今ではあの通りなわけでして。
いや、まぁ定説なんてのは簡単にひっくり返るものですから、当時の監督を恨んでいるわけではなく、むしろその時代のセオリーをしっかりと教えてもらったおかげで、その後の野球人生で恥をかかなくて済んだわけですから大変に感謝しています。
他にも野球界ではさまざまなものに対して「野球を知っている、知らない」が使われるのですが、「何を知っていれば知っていることになるのか?」なんてのは、もちろん全く統一感がなく、随分と悩んだものですが、結局は各自の野球観を楽しめばいいんだな~と悟ったころにはもう野球をやっている年齢ではありませんでした。
まぁ、野球なんかは娯楽なので大した害はありませんけども・・・
・・で話を戻す。
ワタシは社会を知っているのか?
と問われたら、とても知っているとは言えない。
歳と共にワカルかと思いきや、ますます情けない。
なんなら、いい歳して純粋って、けっこうイタイ奴だなと悲しくなる。
・・・で、悲しくなって自信なく過ごしている。
ただ、それで全部ダメかというと、結果として周囲とトラブルなく過ごさせてもらっている要因かとも思うのでややこしい。
社会を知らないからこそできることもあるような気がするけど、どうかしら。
自信満々の人がトラブルになって去っていくのを見ると、自信ってなんだ?
などとも思う。
社会を知っている人だったハズなのだけども・・・
すいません、特に結論はありません。
「社会を知っているってなんでしょうか?」とご意見をいただければと。
そういうテーマでガッツリ語り合ってみたいものです。
以下は、最近気楽に読んだ本です
kokokaramakuru.hatenadiary.com