kokokaramakuruの日記

野球 金魚 競輪少々 思いついたことをビビりながら書くブログ

こころから語っているか?

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売れっ子漫才師の方が書いた本

 

新聞の書評に載っていたので買ってみた。

 

この本一冊のために本屋に行ったわけではなく、

自分のための重いテーマ(精神医療関連)を探しているうちに、

軽く読めるものも挟んでおきたいと思って購入。

 

なるほど、勉強になったというか私もやっているし、

最近、学生から

「先生の話は聞きやすいですが、どういうことを心がけていますか?」

という質問をよく受けるのでその答えになると思った。

 

漫才は、あたかも自然な会話のようでなければならない。

暗記したセリフを吐きだしているように観客に思われてはいけない。

だから

自然に見えるまで何回も反復練習すべきか・・・

 

こんな話が書いてあった

 

このプロでも用意していたネタをやっているとよく噛む(トチル)のだという・・・

 

これは練習不足なのだと思って取り組んでいたのだが、

 

ふと、

「好きなことを話している時は噛まない」

ことに気がついたという。

 

落語ではネタが体にしみこみ、

登場人物が勝手にしゃべりだすような感覚になることを

 

「腹に入る」と表現するのだという。

 

そこまで感情移入できれば、

むしろセリフは自然な形で勝手に出てくるのだろう。

 

そういや、楽しくおしゃべりしている時は噛まない。

 

人の悪口を言っている時も噛まない

とても心がこもっているのであろう(笑)

 

ミスなく、失礼の無いようにとアタマで考えて語らねば・・・と思うと噛む。

 

入試の面接なんかはその典型であろう。

 

心を込めて語ることが大切の意味って、そういう意味なのではなかろうか・・・

 

いやいや、心を込めすぎて感極まってセリフが出ないこともありますよ・・

 

という指摘もあろうが、

実はそうしてできた『間』はステキなセリフ以上の効果がある

 

・・・というかその『間』がセリフだったりする。

 

『間』が悪い人の話しは何が悪いって、

「その間は不自然でしょうが」ということになる。

 

心で聞いていたらそんなに即答できないでしょうが・・・というものもある。

 

 

 

もうひとつ

 

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こちらもまた同じようなことは書いてある。

 

「頭(心)に映像が浮かんでいるか?」

という表現をしている。

 

これは私はかなりやっているのでイメージがわく。

 

例えば、高校時代の先輩とのやらかしたエピソードなどを語る時には、

その時の情景がありありと浮かんでいる。

 

もちろん当時は、現在進行形だから自分から見た景色しか見えていないわけだが、

結果が出たあとは、俯瞰のイメージも湧かすことができる。

 

例えば、監督の目を盗んだつもりでサボっていたら、

タマタマ自分から見えない死角のところに、

タマタマの用事があって戻ってきた監督がいて大目玉を喰らった!

なんて話も、絵が浮かんでいるから必要に応じて先に入れておくこともできるし、

あとで登場させることも自由自在なのである。

 

・・・で、絶対に噛まない(笑)

 

例えば、私は

 

自分がそれじゃないのに

柔道整復師っていいぞ~ 

鍼灸師ってステキだな~ 

理学療法士ってワンダフルだぜ~

臨床検査技師っておもしれな~ 

作業療法士って深いよな~ 

看護師のヤリガイはすごいな~

 

なんて語る役割をすることが多いのだが、

 

一応、集めた情報から自分がその立場だったらこんな状況になるだろうな~、

そしてこんな相手にこんな会話になってこんな展開になるだろうな~

 

なんてことを情景として浮かべている。

 

そしてそのストーリーを語っている。

 

逆にその情景が浮かばない場合には、語ることができないので、

情景が浮かぶまで情報を集めるともいえる。

 

要するに絵本の読み聞かせと一緒で、

ワクワクするのは映像が浮かぶからである。

人はそういう『脳内旅行』が好きなのだと思う。(映画、小説、漫画)

 

カミカミの話がなぜ聞いていてつらいかといえば、

聞き取りにくいからではなく、

「あ~、この人はイヤイヤな気持ちで話をしているんだろうな~」 

「自分はやっていないんだろうな~」

「用意したセリフをしゃべっているな~」

「ミスしないようにを重点を置いているんだな~」

「後で文句いわれないようにしゃべっているな~」

と相手が思ってしまうからではないだろうか。

 

パワーポイントのスライド棒読みもつまらないのはそういうことである。

 

免許更新の時の説明の人も・・・と言おうと思ったら

私の受けた講習の人は用意したスライドでも

自分のエピソードやら抑揚をつけてしゃべってくれていたから面白かった。

そういう工夫してくれている人もいる。

 

懸命になんとか心を伝えたいと思っている語りはたとえタドタドしかったとしても、

相手は拾う気持ちがあるから通じる。かえって通じる。

 

 

 

この手の話で私が強烈に覚えているのが

中学の遠足の帰り道だったかのバスの中で流れていた

映画「祝辞」である。

財津一郎さんの映画であった。

みんな疲れて寝ているような状況であったが、

私はなんとなくその映画に入り込んでしまい、とても記憶に残った。

 

主人公の定年間近の万年課長が、専務から社長の息子の祝辞を頼まれて

そのプレッシャーにつぶされそうになりながらも

その役割を果たそうとするという映画である。

 

生真面目で口下手な主人公は本を買ったり、

ハウツービデオを見たりしながら懸命にエピソードをひねり出し

そして原稿を作り練習に励み本番の準備をした。その様も面白い。

 

 

そして当日を迎える・・・

 

すると・・・

主人公の課長の

前にスピーチをした部長と内容がマルかぶり(一緒)であった。

 

その次にスピーチをする順番の主人公は、

完全に気が動転してしまい

 

『私には二人の年頃の子供がいる』と言ったきり

 

何も言えなくなってしまい・・・

(その時の表情が秀逸)

 

長い沈黙にざわつく場内・・・

 

そして

 

「本日はまことに・・・おめでとうございました」

 

とそれしか言えず・・・

 

「おわった・・・・」と絶望する主人公

 

自宅に戻り、

「俺はもう会社を辞めるぞ!」とヤケクソになる。

 

そこに専務から電話が・・・

 

「こりゃホントにクビの電話だ」

と思いきや、

 

「今日のスピーチは胸に響いた、

言葉巧みなうまい挨拶はいくらでもあるが

君は心で語ってくれた

私もいい部下を持っているねと言われたよ。ありがとう」

 

という電話であった。

 

古い映画ではありますがお時間がありましたらぜひご覧ください。

www.youtube.com

 

 

ここまで、相手に響く話し方ということで書いておりますが・・

 

 

 

詐欺師はそういうトークができますのでご注意を・・・