kokokaramakuruの日記

野球 金魚 競輪少々 思いついたことをビビりながら書くブログ

心機一転?

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『一応ねらっているけど、ラッキーもありますよ~に!』

 

・・・という感じでやるゲーム

「モルック」って知ってます?(笑)

 

 

人生と一緒だな・・・

 

なんてワケはないか(笑)

 

ちょっと授業に導入してみようかと取り入れてみることにする。

 

ここトレのスタッフをしてくれていた

OT学科の学生が教えてくれた種目。

 

 

また授業でやってみてウケたらブログのネタにもしようかと思います。

 

明日(7月1日)から実技の授業をやってみるのでそこで試すかと・・・

人の接触もないし、いいのではないかとは思っていますが・・・

 

肝心な学生と心のソーシャルディスタンスがあるものでして、

そちらが心配(汗)

 

 

さて、恥ずかしながら先日、

いわゆる誕生日というのがありまして、

めでたく一つ歳を重ねました。

 

最近、暇つぶしにと始めた高校講座の学習がすっかり面白くなりまして、

今さら数学の因数分解の意味を知ったり、

化学で純水は電気を流さないことを知るという・・

特に歴史関連は教科書レベルの解説とはいえ、非常にハマってます。

『そんなもん今さら始めてどうすんだ?』

という気もして自分でも笑ってしまうのですが・・・

 

まぁ、ここまでいわゆる

「野球界」の人間とかいっちゃって、

やってきたつもりでありましたが、

だんだんと

「あれ?これってただの

『やきゅう村(ムラ)』の村人(むらびと)だったんじゃないの?」と・・・

 

「野球界が~!」

なんて力んでいたけど、気づいたら

「1人でどうぞやってください、暇があったら話を聞いてあげてもいいですよ」

みたいな景色になってきているという・・・

 

アッハハ・・・

 

そんなこったろうと思ったぜと(笑)

 

段々と歳を重ねると周囲の皆さんは

「やれる範囲でやれることをやれる程度にやる」

という勘所を掴むようで・・・

ふ~ん、そういう感じなのか~ 

 

まぁ、たしかに

「やれないことはやれない」のですけども・・・

 

 

「お前の考えは甘い」と言われりゃ全くその通りで、

だからこそ

面倒を見れた選手や学生もいたように思うけども・・・

 

「考え」が甘いのはいけないのか?

 

でも、採算考えたらできないこともありますしね・・・

 

『俺はシビアな中をやってきた』

 

みたいな話に一瞬、腰が引ける時もあったけど、よく聞くと

「それってアンタが若い時にワガママ言ったからじゃないの?

こっちはその時に自分を押し殺して耐えたんだぞ」

 

・・・って

 

主張もしてみようかなと・・・いい歳ですし

 

よく

「俺は人の10倍努力した」とか言う人いるけど、

大事なことはそれがホントに10倍という

正確な分量だったか?ではなく、

 

「そう言える自信」

が大事だったんじゃないかと最近思う。

 

だって、

「おっ!あいつは100回振った、よし俺は1000回だ!」

なんて、他人を調査している時点で集中してないですもんね

あと、

平気で他人の努力を10分の1にできる傲慢さというか・・・

 

そんなことに今頃、気づく・・・

 

つい、

「う~ん、私なりにやったつもりだけどあの人もけっこうやっているし、倍というほどでもなく、ヘタすりゃあいつより練習してないんじゃないか?」

 

なんて、正確な分量として努力量を考えて

勝手に悲観しておりましたが、

そういうこっちゃない。

「いや、あいつの努力量は3.25倍です」

なんて数値はいらない。

 

それを『謙虚』と思っていたがそれじゃ勝てない。

だから実際、結果でてない(泣)

 

 

最近、「野球界」というプロレスをようやく理解できた。

ノムラ監督のやってきたこともプロレスとして受け止めれば面白い。

『俺は貧乏から這い上がった、3冠王でやりたい放題やった、監督になったら今度はコントローラーを持つ、俺の命令どおりバントしろ』

 

まさにプロレス。トップレスラーはワガママでなければいけない。

ハラ監督にしてもそう、平気で主軸にバントさせる(笑)

 

それでよかったのだ(笑)

 

そのノムラの教えを心酔しているという

私の中学時代の恩師も立派なファイトスタイルで、

『野球を通した人間教育』という凶器

を振り回してブチ切れてベンチで暴れまくっていた。

 

 

私は教育内容よりも、そのイカレタ狂気にホレたのであった。

周囲に対して

「どうだ、お前らはこの狂気の監督についていけね~だろ!

俺は早朝に監督を起こすために

監督の家に電話をかけさせていただいているんだぞ!

お前らにできるか!」

という優越感があった。

監督に正しい人間性を求める今の生徒には理解できまい!アッハッハ!

それでいいけど(笑)

 

そう思えば、私はこれまで数々の個性派レスラーと試合をしてきた気分だ

これはこれで、私もよいレスラーだったのかもしれない(笑) 

 

野球界がどんどんと合理的になってきた。

『プロレス野球』は廃れてはいないか?

 

おっと、話がそれまくる・・・

 

なんだか気持ちが変わってきた今日この頃。

 

勉強してたらちょっと頭が回るようになってきた。

 

他の人はやれているのに、

自分はやれていないことばかりが目につくが、

 

ひょっとしたら、

他の人がやっていなかったことをやっていたこともあるかもしれない。

それが身を結ぶこともあるかもしれない。

少なくとも恨まれてなけりゃOK

 

これまで自分中心にやってきて、いまから周囲に気遣いを・・・

なんて人もいるかもしれない。

それよりは楽な部分もあるかもしれない。

 

あとは、情けないが、

基本的にうまくいかないということに慣れきってしまっている

 

この20年、

心は荒んでいたが、実際に大暴れしたりしなくてよかったと思う。

『あそこでキレて言い返せばよかった』とか

『やっつけてやりたい』なんて感情は山ほどあったが、

やらなくてホントに良かった。

 

それは野球界で多くの理不尽を受けたから耐性があったように思う。

「あの人に比べりゃマシ」

というサンプルを持っていると耐えられる。

 

今さら「そういうのはいけません」と言われても知らん。

 

ただし、学生にやってはいけない(笑)

 

つくづく思うのは野球指導を仕事にしなくてホントによかった(笑)

私には無理だ。

 

ウダウダと書きましたが、

なんだかここから、色々とリセットしてやれそうな予感がありまして。

嫌われるのは仕方ない、恨まれなければ上出来と。

 

思えば、もともと1人でやってきたわけで、

「飛ぶ鳥あとを濁さず」

でいけるように、皆さんに感謝の気持ちをもっていきたいなと・・・

 

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さ~て、どうなるかな~ 

ダメで、もともと

 

すぎさん、ニシさん メールありがとう。

嬉しかったです。