二つ前のネタでバットの話を書いたけど、やっぱりバットはなんでも打てば楽しい(笑)
全然ボールを見てない(笑)
懐かしい写真です、
2019年11月の関西医療大学で行われていた
運動教室「通称 ここトレ」の写真です。
87歳のばぁちゃんでも打ちたくなります。
今だったら怒られるヤツですね(笑)
面白いですね。
「こんな風にマスクもせずにやってたんだな~」
なんて思いますね(笑)
こうして、久しぶりに見ると、
「お~俺もナカナカいいことやってたな~」
なんて一人で思ってみたりします。
当時は
「まぁ、所詮は自己満足だからな~」
と、褒めてもらいたがる自分を戒めながらやっておりました。
この運動教室はコロナ禍のおかげで当然のことながら終わってしまいましたが、
意外にも、あちこちから
「ここトレ(この運動教室)よかったのにね~」
などとオバちゃんたちが話題に出してもらっているという話をチラホラと耳にするもんで、こういうのってけっこう嬉しいものだなと。
逆にこんな形で終わってしまったことで、
かえって印象的といいますか、
こういう活動の意味やら価値も理解してもらえたのかもしれないと思うと、
結果オーライということで。
あのまま続けていたら大事故もあったかもしれませんし(汗)
さて、この運動教室は、
表向きは住民さんへの健康づくり支援でありますが、
もう一つの大きな意味としては、学生への指導といいますか、
「志でつながる仲間だと、どれだけのことができるか?楽しいか?戦えるか?」
なんてなことを体験させたかったのであります。
だから授業や単位にはしないで学生スタッフを集めました。
全然意味が違いますので。部活と同じ感覚です。
どちらかと言うと、柔道整復師やらトレーナーって、独立志向といいますか、
「他よりも優秀だということを誇示して『選ばれる』ことや『勝ち残る』ことによって身を立てていく」
と思いがちですけども、現実的に物事を動かしていこうと思ったら、実はそれでは厳しくて、
『いかに仲間を増やせるか?』『自分の話を聞いてもらえる状況にもっていくか?』が大切なのだと思ってます。
そして、一気に理解者を増やすなんてのは大変に危険な発想で、身近な人から一人づつ理解者を増やしていくことが大事だと思ってます。
まぁ、実際には身近な人をないがしろにして、外向きに大々的に発信して成功している人もいるのかもしれないですが、それはかなりのメンタルの強さが必要だと思ってます。
そういう人は、「他人とつるむな!戦え!」みたいなことを言いますが、
そもそもそれで戦えるチカラがあったら、
そんなに意固地にならなくても仲間ができます。
そういう風な発信をしている人は、
それが商売につながっていて、あくまで商売上の戦法ですから、
学生さんはそれがいいの悪いのではなく、
「自分にはどうなのか?」を自分で判断してください。
少なくとも、本学の学生レベルの若者がとれる戦法ではないと思っています(汗)
昨今のSNSの普及のおかげで、
「一人ずつナンて言ってないでデジタル技術で一気に大量に発信」
だったりするのですけど、それは危ないと思っていて、脆さがあるように思います。
そんなことを思っていて、近くの学生からやっていたわけですけども、
最近、読んだ本で面白いな~と思うのがあったので、学生さんに紹介しておきます。
瀧本哲史さんという方なのですけど、この方もう亡くなってしまっていたのですね。
kokokaramakuru.hatenadiary.com
正しいことを言っているから主流になるわけじゃないんです。
聞いてもらえる人になるから主流になれるんですよね。
それは自分が立派になるというだけではなく、聞いてくれる人が増える。
聞いてくれない人が減るとの関係だったりします(笑)
天動説から地動説になったのも、当時の人がすぐに考えを改めたわけではなく、天動説の年寄りがどんどんといなくなって、地動説の若者が多くなったというだけだそうで・・・
とても大事な法律の学説でもそういうことで決まっていることもあるとのことで。
「行為無価値論」「結果無価値論」の対立はどうやって決着したのか?というエピソードは面白かったです。
パラダイムシフトは世代交代だ・・・って、なんだか拍子抜けですけど。
敵をやっつけて、自分の論を通すではなく、
仲間を増やしていくことが大事。
じゃあ自分の考えを聞いてもらえるようになるにはどうすりゃいいか?
「相手の話を聞く」だったりするという。
この瀧本さんの主張は「交渉力」の重要性なのだけど、
そこでもこの『相手の話を聞く』ことが重要だという。
それが交渉の強い人になることにもつながるという。
自分の利益よりも相手の利益はなんなのか?を考える。
それは優しさが大事とかいう道徳的な話ではない。
必ずしも自分が重要視している部分と、相手が重要視している部分がカチあっているとは限らないから。そこに交渉の余地がある。
そこを知らない(知ろうとしないで)で、自分の主張をしてしまう人が多すぎる。
だから、正論(自分側の)を言っているのに通らないというストレスがたまる上に、大概実現しない。
まぁ、もう仕事のある大人はいいんですけど、学生さん向けということで。
この世の中の状況で、ますますデジタルの反対の要素の価値が上がっていると思う。
この世の中の状況のおかげで、
いかにも手作りローカル感のあった
あの「ここトレ(運動教室)」の意味がようやくつながってきて、ちょっと嬉しい。
あのローカル感が重要だったんで。
ローカル感からくる『仲間感』
ロマンとソロバン
私ってけっこうソロバンはじいてます(笑)