kokokaramakuruの日記

野球 金魚 競輪少々 思いついたことをビビりながら書くブログ

それホントかな~

「伝え方」についてのハウツー本がバカ売れしている・・・

プレゼンの技法」についての本も売れている。

「プレゼンの技術が大事だ」なんてことも、いかにもモットもらしく語られている。

「お前の言い方が悪いから伝わらない、伝え方が悪いから聞く気がしない」
なんて上司に説教されてガックリする部下がいる。


・・・それでホントにいいのか?といつも思う。

逆に考えれば、聞く力というか、
解釈する感性が下がっているからいけないんじゃないの?


テクニックが無くて伝わらないからといって
ダメなアイディアとは限らないんじゃなかろうか?
それって大きな損失につながるのではないか?

だって、むしろ

新しいアイディアであればあるほど、

既存の理解のみで
理解しようとする人に伝わるわけがないではないか?

一応、能力が高いというタテマエで上司をしているほうが
「伝わらない」と言って切り捨てていたら、
新しいアイディアなんて出るわけがない。
・・・・というか存在しようがない。

それで「新しいアイディアを出せ」なんて言ってる上司が理屈がずれてはいまいか?

まずアンタが出してみろという話である。

ワタシはキライな野村監督が言う言葉に
「組織はリーダーの器以上にならない」というのはそういうことでしょうが。


もちろん、部下を鍛えるためにやっているパターンあるだろうけどもそれはアイディアを出したことがある人がやればいいけどそうじゃない人はアイディアの仕組みを分かってないのではなかろうか?


いや、ワタシが特に不満のある出来事があったわけではありませんのでご心配なく。


ただ、このプレゼン技術偏重の風潮が
「聞く力」や「理解しようとする力」や「解釈する力」
軽視することにつながり

結果的に本来は活用されても良かったアイディアが抹殺されていることが多いのではないか。

ホントに結果を求める会議だとしたらそれじゃマズイんじゃないのと・・・


そして、逆に「ただプレゼンがウマい」というだけで特に大した中身もないのに
「それっぽく聞こえる」ことを正しいと解釈してしまっている結果を招いていないか
と・・・

ちょっとコツを覚えたら「それっぽく」話すのなんて簡単だからな。

ちょうど、選挙です。
まさに国を挙げてのプレゼン祭りです。これは勉強になります。


同じ事象を色々な切り口で解釈してプレゼンしております。
学生はプレゼンの参考だと思ってみると素晴らしい教材だと思います。

選挙屋(コンサル)の存在もあります。

ちなみにワタシはプレゼンはウマいほうなのか・・・?まぁ好きではあります。

それなだけに自分の都合の悪いのはわざと下手くそにする手もありそうだ。
(実はやっている)


学生が、「先生の授業がワカラン」と言って威張っているのがいる

もちろん、教員が工夫するのは大事としても
「そっちがわかりやすく伝えないからこっちはいじけてもよい」
という姿勢はいかがなものか?

そんな調子じゃ騙されるぞ・・・

いやむしろもう騙されているか・・・

自分の都合しか考えないで解釈してるとホントに騙されるぞ・・・

「どういう人に来てもらいたいか?来てほしくない人が来ないでくれるような喋り方ってありますからね(ワタシはやっている)」


会議なんかでも、自分はやりもしないのにベラベラとそれっぽく話すヤカラがいる一方で、現場で問題と接しているからこそ感じている重要な要素を伝えているのにも関わらず、会議のメンバーが気持ちを拾う心意気(技術?)がないがために封殺されてしまうケースもあったりと・・・・

大体、問題って理路整然と断言できることのほうが少ないでしょうよ。


教員が、もじもじ、ウジウジしている学生に
「言いたいことはナンダ?はっきり言え」と迫れば言えるわけがなく

「何も言わないから何もない」と解釈すれば、もうお終い。

言えていないことがあるのではなかろうか・・・?

前後関係から推察して解釈する能力は無くていいのか?



大発明家なり大きなことを成し遂げた人がいうことに
「少年時代に感じたことを大切に」というのが必ずある。


少年時代に感じた疑問なりを
愚直に追求してきた人が大きなことをやっているともいえる。

おそらく、少年時代とはシンプルに感じることは、じられるが



プレゼン能力は無いために周囲に伝える術がなく

理解されないために諦めることになるのが大多数なのではないか・・・

たまたま、周囲の環境がそれを許したというような状況も重なって追求できた先に、プレゼン能力が徐々についていって、
ようやく人に伝えられるところまできて日の目を見るのかもしれない。



プレゼンの技術だけしかない人でいいのか?


なんどもいうけど、

プレゼンのヘタな人の話は聞かなくていいのか?

そんな事いってたら職人の話なんて聞けないぞ!




よく、同じ話を聞いても「良い話」として捉える人と「悪い話」と捉える人がいる

これも解釈力というか性格の問題だと思う。

これはもう、その人のクセになっているというくらい
「よくま~そんだけ悪く解釈できますね」と・・・

せっかくよくしてもらったのに「あの人は偽善だから」とか「金もらってるからだよ」なんて言って座をシラケさせる・・・


ヘタな能書きを言って「俺は知ってるぜ、あれって大したことないぜ」ということがカッコいいと思う年頃ってある。

実はワタシもそうだった。今でもその悪癖がたまに顔をだす。 
でも、やっぱりカッコ悪いし人が寄ってこない


自分で言うのもなんだが、ワタシは声の小さい学生というか引きこもりっっけのある学生はキライではない(笑)

じゃあ声のデカイのはどうかというと、声もデカイがやることもデカイというかピンチほど燃えてくるような学生は大好きである。

調子いい時にデカイが、ピンチになると人影に隠れるようなのはなんじゃそりゃ?
と思う。これは大人でもいる。

繰り返しますが、


伝え方が重要というブームというけど

「聞き方」のほうが大事なんじゃないか?

もっと言えば、
「例え下手くそでも、お前の言いたいこと(心意気)を俺は全部捕ってやる!勇気を出してかかってこい!俺が全部拾ってやるぞ!バッチコイ!
アナタの言いたいことはこういうことじゃないかしら?」

・・・という心意気で行ってこそ話すほうも勇気が出て
「じゃあ話してみよう!」となるんじゃないのと・・・

それがなによ・・
「もっと分かりやすく話せ、じゃないと聞いてやらないぞ」
ってその態度・・・
お笑いのお客じゃないんだぞ。(授業中の学生もそうだぞ)

そういう人、友達なくしてないか?


まぁ「伝え方」という
能動的なモノのほうにフォーカスしたほうが本は書きやすいですけどね。

あとは、
プレゼン関連商品の販売手口じゃね~のかと・・・



そりゃ、「ちゃんと話を聞きましょう」じゃ、

なにも売れませんもんね(笑)



それにしてもつくづく思うのは、

口下手で誠実に仕事をしている人が損してしまうというのは生産性がね~よな~


これを読んでいる学生さん、

プレゼン下手とか上がり症とかそんなの心配するな

ちゃんと聞こうとしてくれる大人(教員だけとは限らない)に相談しよう。

ちなみに、アイディアというのはやたら滅多に喋るものではないですよ。

いや、秘密にしろという意味ではなく

そのアイディアの

完成度によって相談する人を変える智慧はつけましょう。

まず、タネの段階で夢はあるけど具体性がまだ作れていない段階に相談すべき人を間違えると自分に自信もないだけに一発で叩かれて潰れるぞ(笑)勇気を挫く人はダメです。


すぐに正論を言って責任を負いたくないタイプにこの段階で相談してはいけません(笑)

膨らませてくれるような人を探そう

ある程度、やることも固まってきていたならば、
ムラッけがなく実直で実行力のある人に相談してみよう!
(ちゃんと時刻表を見て計画立てるタイプの人)

そして完璧に仕上がって、これは勝利間違いなしとなったなら、
正論タイプの問題を抱えたくない人に持って行こう。
そして「一緒にやりません?」なんて株主を増やしましょう(笑)




ちなみに

プレゼン(しゃべり)はウマいが中身は無いという人
付き合わないほうがいいかというと、そうではない!

実は超強力なタッグパートナーとなりえることも覚えておこう。

人同士のコミュニケーションは合意する時ばかりではなく、

破棄したいときもある

しかし、まともな理屈では通じないような相手や状況の時もある!

そんな時には、口は達者で不誠実という仲間

大変に強力な仲間となる!

「すまんが、この話をぶっ壊してきてくれ!」という時に出番だ!

心優しいアナタでは負けてしまいそうな時、こんな仲間がいると大変にありがたい。


「あ~それで組長は~」と職場の人は分かってくれるであろう。
「なんであの人と仲良くするんだ」と言われるけどもそういうことです(笑)

自分にとってイイヤツとだけ付き合ってるようではいけません(笑)







とにかく・・・

まずはじっくり聞こう! そしてゆっくり話そう。

時間をかけて話そう! 若い感性を大切に・・・


・・・以上、

話が長いと揶揄されるワタシの屁理屈でありました。